クマ出没の実態:過去最多の5万件を超えた2025年
山の実りが乏しい秋を迎えた2025年、クマは山の中だけにとどまりませんでした。住宅地や道路沿いでの目撃が相次ぎ、人の生活圏に姿を現す機会が急増しました。環境省が北海道を除く都府県から集めた直近5年間の出没件数を見ると、その突出ぶりは明らかです。
| 年度 | 出没件数 |
|---|---|
| 2021年度 | 12,743件 |
| 2022年度 | 11,135件 |
| 2023年度 | 24,348件 |
| 2024年度 | 20,513件 |
| 2025年度 | 50,801件 |
2025年度の数値は、前年度の約2.5倍。それまで最多だった2023年度と比べても、約2.1倍に達しています。出没件数は目撃や通報の集計であり、クマの個体数を示すものではありません。それでも、人の暮らす場所とその周辺で、クマが確認される機会が急増したことは事実です。
また、目撃の増加にとどまらず、人身被害は238人、死者は13人に及びました。出没の規模と被害の深刻さの双方から見て、2025年度は過去に例のない年となりました。

餌不足の影響:東北5県で広がったブナの大凶作
2025年の大量出没をもたらした主要な背景の一つが、山中の餌資源の枯渇です。
東北森林管理局が青森、岩手、宮城、秋田、山形の定点で実施した調査では、5県すべてでブナの結実が大凶作と判定されました。前年の2024年には豊作または並作だった地域が、そろって大凶作へ転じています。
ブナやミズナラなどの堅果類は、冬眠前のクマが脂肪を蓄えるための重要な食物です。実りが乏しくなると、クマは餌を求めて行動範囲を広げ、低標高の里山や集落周辺まで移動する可能性が高まります。
もっとも、堅果類の凶作は2025年に初めて起きた現象ではありません。過去にも不作の年には大量出没が見られました。2025年の異常な状況を理解するには、山側の餌不足だけでなく、クマが出やすくなった人里の変化にも目を向ける必要があります。
耕作放棄地の広がり:変わりゆく山と住宅地の境界
「耕作放棄地」とは、以前耕作していたものの、今後も作付けする意思がない土地を農家の申告によって把握した用語です。現在の行政資料では、現地調査に基づく「荒廃農地」が主に使われており、両者は定義も調査方法も異なるため、統計上は区別されます。
2024年度の荒廃農地の総面積は全国で25.7万ha。このうち再生可能な土地は9.8万ha、再生困難な土地は15.9万haでした。同年度の新規発生は2.4万ha、再生利用は0.8万haです。総面積が横ばいでも、毎年新たな荒廃が生まれ、復元の難しい土地が残り続けています。
かつて山と住宅地の間には、田畑や果樹園、採草地、薪炭林など、人が継続的に利用する土地が広がっていました。しかし、耕作や管理が止まってしまうと、草木が茂り、やがて山側の植生とつながります。山林、藪化した農地、空き地、住宅地が連続し、開けた農地が保ってきた隔たりは、少しずつ失われていくのです。
鳥獣被害と耕作放棄:人里の境界が崩れる循環
中山間地域では、傾斜地の多さや高齢化、担い手不足に加え、鳥獣被害も荒廃農地を生む大きな要因です。
シカやイノシシ、サルによる被害が続けば、農家は耕作を続けにくくなります。収穫量に対して、防護柵の設置や見回りにかかる負担が重くなるためです。とくに小さな農地ほど、その影響を受けやすいでしょう。
耕作をやめた土地には草木が茂り、野生動物が身を隠して移動できる場所が広がります。柿や栗などの果樹も、手入れされないまま実をつければ、クマを含む野生動物を集落周辺へ引き寄せる要因になります。
電気柵も、設置しただけでは効果を保てません。草が電線に触れれば電圧が低下し、倒木や枝によって隙間が生じることもあります。必要なのは、継続的な草刈りと点検です。しかし、その作業を担う住民は減り続けています。
鳥獣被害が耕作断念を招き、放棄された農地が次の被害を受けやすい環境へ変わっていく。この循環が、人里と野生動物の境界を少しずつ曖昧にしているのです。
クマ出没との関係:長年の変化が2025年に表面化
2025年の大量出没は、山側と人里側の条件が重なった結果と考えられます。山ではブナの大凶作が起こり、餌を求めるクマの行動範囲が広がりました。
一方、人里では、長年にわたる土地管理の縮小によって、山林と住宅地の間にあった緩衝地帯が失われつつありました。耕作地や草地が藪化し、クマの接近を防いできた緩衝機能が損なわれていたのです。
耕作放棄地だけで出没増加のすべてを説明することはできません。ただし、山の餌不足がクマを押し出した時期に、人里側で緩衝地帯の縮小が進んでいたことを踏まえれば、2025年の深刻な出没件数は、二つの条件が重なった結果と捉えることができます。
捕獲から人里の再管理へ:地域が取り組むべき課題
出没したクマの捕獲や追い払いは、差し迫った被害を防ぐために欠かせません。ただし、それだけでは、クマが人里へ近づきやすい環境は残ったままです。山際の草を刈り、藪を除き、放任果樹や収穫残渣を減らす。電気柵も、継続的な点検と補修があってこそ機能します。
問題は、こうした管理を誰が担うかです。人口減少と高齢化が進む地域では、農家や住民だけに負担を委ねる方法には限界があります。荒廃農地、鳥獣被害、森林管理を別々の課題として扱うのではなく、山と住宅地の境界を保つための地域政策として結び直す必要があります。
問われているのは、クマを何頭捕るかだけではありません。利用されなくなった土地の管理を誰が担い、地域の安全をどのような仕組みで支え続けるのか。2025年の大量出没は、人口が減る時代に人里をクマからどう守るのか、という課題を私たちの前に突きつけています。
環境省:クマ類の出没情報について[速報値]
環境省:クマに関する各種情報・取組
林野庁東北森林管理局:令和7年度のブナの結実状況について
農林水産省:荒廃農地の現状と対策
環境省:クマ類出没対応マニュアル-改定版-


