多野郡神流町|人口減少と共存する「恐竜のまち」の現在地

神流町の地域維持関連の統計指標

神流町は、ピーク時で1万人近くいた人口が1千人台に減少しており、高齢化率が64%超と極めて高齢化が進んだ地域です。財政力指数0.16と自主財源も乏しく、人口減と財政基盤の弱さが大きな課題となっています。

項目 数値・詳細 / 出典
自治体名 群馬県多野郡神流町
財政力指数
0.16(2021~2023年平均)
統計値は(※1)を参照
人口推移
ピーク:9,881人(1950年)
→ 最新:1,511人(2025年)
最新の統計値は(※2)を参照
年齢3区分別構成比
15歳未満:3.48%
15~64歳:31.84%
65歳以上(高齢化率):64.68%
統計値は(※2)から算出
持続可能性区分
消滅可能性自治体
2050年 若年女性減少率:68.0%
統計値は(※3)を参照

神流川が刻んだ山地地形と不安定な交通事情|地形・歴史

群馬県多野郡神流町は、秩父帯と三波川帯が接する地域に位置し、複雑な地質構造を背景に町域の約九割を急峻な山林が占めています。神流川は長い時間をかけて岩盤を削り、深いV字谷と細い尾根を刻んできました。そうした地形の中で、集落はわずかな河岸段丘や緩斜面に寄り添うように立地し、地形そのものが暮らしの輪郭を形づくってきた地域です。

こうした自然条件のもとで、大規模な水田開発は難しく、豊かな森林資源を基盤に林業や養蚕、傾斜地での雑穀栽培などが地域経済を支えてきました。しかし、現代では峠道が多い山間の道路網は降雪や土砂崩れの影響を受けやすく、交通の不安定さが日常生活や移動の利便性に影響を及ぼしています。こうした地理的条件は、就業機会や生活環境の制約とも重なり、若年層の流出や人口減少の一因となっていると考えられます。

深い谷あいの気候が育んだ風土の恵み|特産物・名所

神流川が刻んだ深い谷と、標高差の大きい山々に囲まれた神流町。急峻な地形と厳しい気候は、暮らしに少なからず困難を伴ってきました。しかし、その環境と向き合う営みの積み重ねが、独自の味や作物、そして貴重な景観を育んでいます。

🥢 ブランド産品
みかぼ味噌
薪火による煮炊きと天然醸造を堅持する特産品。奥多野の厳しい寒気と山間部の乾燥した空気が、微生物の働きを緩やかに整え、大豆の旨みを凝縮させた深い味わいを生み出します。

🍶 主要産品
ジャガイモ焼酎「神流」
水田確保が困難な急傾斜の段々畑で栽培された馬鈴薯を原料としています。かつて生存を支えた代用食の歴史を背景に、山間地の厳しい環境の中で育まれてきた地場産の焼酎です。

🌱 郷土・工芸品
あわばた大豆
山に囲まれた段々畑で、代々自家採種によって守られてきた在来種です。外から他の品種が入りにくい地形のため、この土地ならではの風味や性質が、今も受け継がれています。

🦖 公定史跡
瀬林の漣痕
国指定天然記念物。約1億2000万年前の波紋や恐竜の足跡が、地殻変動によって垂直の岩壁として現れています。山深い地にありながら、昔この場所が海辺であったことを物語ります。

🏛️ 地域拠点
神流町恐竜センター
日本で初めて恐竜の足跡が確認されたことをきっかけに設立された施設です。モンゴルとの共同調査による化石標本を多数収蔵し、旧中里村地域を代表する観光施設となっています。

🌊 自然・景勝
神流の七滝
神流川上流の岩盤を穿つ多段の滝群。険しい谷地形のため大規模な観光開発が進まず、原生的な自然環境と清冽な水質が現在まで保たれ、この地域の原風景を今に伝えています。

神流町の主要地区・集落の人口動態

2003年に旧万場町と旧中里村の合併で誕生した神流町。町の中心機能を担う万場地区に人口が集まる一方、山間部に小規模集落が点在する中里地区では人口規模に差があります。平成22年からの10年間で両地区とも約3割の人口が減少しています。

地区名 10年前人口(平成22年) 直近人口(令和2年) 増減率
万場 1,402人 980人 ▲30.10%
中里 950人 665人 ▲30.00%

※総務省統計局「国勢調査 小地域集計(平成22年・令和2年)」から作成。地区の分割・統合により単純比較できない場合があります。

地域住民主体で紡ぐ神流の暮らし|行政・移住

神流町では少子高齢化が進むなか、「神流町人口ビジョン・総合戦略」に基づき、人口減少の克服と持続可能な地域社会の構築を掲げています。その具体策として、空き家バンクによる住宅紹介や改修補助、定住促進住宅「サウルス街」の整備など、住まいを軸に移住支援を続けています。子育て世帯には、出生時に最大20万円を支給する「かんな子子育て応援金」や18歳までの医療費助成を用意し、若い世代の定着を後押ししています。

一方、町内の商業施設は限られ、日常の買い物は近隣市へ出向くケースも少なくありません。町民の通院や通学も車が前提となる場面が多く、移動手段の確保は大きな課題です。このような環境の中で、「かんな鯉のぼり祭り」などの地域行事は規模を見直しながら継続され、住民主体で受け継がれています。これらは、地域への愛着や誇りを育む重要な役割を果たしています。

「恐竜のまち」が選択する地域運営のかたち|総括

神流町は、日本初の恐竜足跡発見地をきっかけに、「恐竜のまち」として知られるようになりました。しかし、そんな象徴的な観光資源を有していても、人口減少の流れを食い止めるまでには至っていません。出生数の減少や転出超過が続く中で、町は観光振興だけに依存せず、空き家活用や定住支援、子育て施策などを通じて、町の暮らしを支える基盤づくりに力を入れています。

特徴的なのは、必ずしも人口増加だけに依存せず、将来の人口規模を見据えた地域運営へと舵を切っている点です。移住の受け入れと既存住民の定着支援を並行して進めながら、医療や福祉、生活インフラの維持にも目を配り、限られた人材や資源を地域の実情に応じて配分していく。そうした積み重ねが、現在の神流町の地域運営のかたちになっています。

【参考記事】限界集落とは?終わりではなく「問い直しの境界線」である意味
※本サイトにおける「限界集落」の定義と、統計上の4区分などについて解説しています。
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